極 東 茶 寮
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ぼうず1歳2ヶ月
久々です。
重い話題ばかりでもどうかと思うので
ぼうずの話題など。

ぼうずは、去る3月8日に、無事1歳の誕生日を迎え
保育園で盛大に誕生パーティーを開いていただき
家に帰ったら父母ジジババで
赤飯、鯛の塩焼き、煮しめに卵焼き
一升餅に特注ケーキでお祝いをしました。

一升餅を背負いました。
餅をひきずり這い回りました。すごい!
大人でも両手で抱えないとつらい重さなのに・・・。

「選ばせ」というのもしました。
普段ミニカーばかりで遊んでいるぼうず、
絶対ミニカーを選ぶと思っていたのですが・・・

ぼうずが選んだのは、絵本!!

本好きな子に育つかな?
それとも、学者にでも育つかな?(←親バカw)

で、それから2ヶ月です。

GWとその次の週は、肺炎(!)と中耳炎で
まるまる病人生活を送ってしまいましたが
(人生初の大病だったと思います)

今は元気です。
遊びまくり、いたずらしまくりです。

言葉がかなりしっかり出ています。
「おとーたん」「おちゃーちゃん」「まんま」などなど・・・

でも、一番リアルに発話できるのは・・・

「いや~~~~~!」
「いたいいたいいた~~~~~~い!」(笑)

わがままな子で、なかなか言うことを聞きません。
しかし、叱りつけながらぴしゃっと手をはたくと
(こんな叱り方をするのはヒーターに手をやった時など
 本当に危険なときです)
それに関しては、2度としません。

また、ぼうずは甘え上手です。(笑)
わたしが疲れて横になっていると
ぺったりと、くっついて横になり
ほっぺをぺちぺちしながら、やさしい声で
「ちゃあちゃ♪」「おちゃあちゃ♪」

・・・・・・・・・・萌え死にそうです。(爆)

また、わたしがあぐらをかいていると
(行儀の悪い女なのですw)

すとんと、わたしの足の間にお尻を入れて
専用ソファとばかりに、ふんぞり返って座ります。

さらには、食事のときには、
必ずわたしの膝に座って食べさせてもらって・・・・。

あぁ、甘やかせすぎかもしれません。
歳を取ってから出来た子はダメだって言うけど・・・(苦笑)




堕胎体験記
おろしたいことを告げると、医師は淡々として
予約を入れてくれました。

わたしが行っている産婦人科には、手術の設備がないので
ほかの開業医院を借りて、してもらうことにしました。

診察をした日から3日後に手術しました。

普通は朝から手術で、前夜から絶飲食らしいんですが
午後からの手術なので、朝から絶飲食しました。

つわりなのでおなかはすきませんでした。

朝から会社に行かず、家事をしっかりしていました。
とりあえず数日家事ができない気がして。

午後、どこかで昼食をすませてきた夫が
迎えに来てくれました。
(ちなみに、息子は朝から保育園です)

医院へ行くまでの間、夫はずっとわたしの手をにぎってくれました。

医院は、かなり古い建物でした。
設備も古そうな感じです。昭和半ばって感じ。

約束通りの時間に入って行きました。
言われるままにショーツを看護師にわたし
言われるままにおかねを払い
言われるままにトイレを済ませました。

診察室に入ったら、先生が来られました。
彼はわたしの顔色を見ただけで、
あとはそのまま「やりましょう」

いきなり手術です。

わたしは下ばきを脱いで、上半身だけ着衣で
内心台に上がりました。

看護師さん(2人ともおばあちゃんといっていい年齢)が
ふたりがかりで、左右の足に袋をかぶせ固定しました。
腕も固定。動くのは首だけ。

先生がやって来て、消毒をはじめました。
消毒薬がしみて痛い。

顔をしかめていると、何か注射されました。
それから、点滴。

点滴に麻酔が入ります。
「麻酔入ります」と、看護師の声。
今、麻酔入ったんや。
入ってるんや・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

(有名な、「数を数えて」とか一切なかったです。)

気づいたら内診台からおろされるところでした。
わたしは朦朧としているようでした。

「もう終わったん?」「もう終わったん?」
わたしの問いかけに、看護師はうるさそうに答えました。
「はいはい、もう終わりましたよ。」
「えらい早いな。」
こう言いながら「何が早いねん。寝とったのに。」と
心の中で自己ツッコミ。

大きいわたしのからだが重くてしんどかったのか
ばあさん看護師2名は、ふたりして、わたしを
シーツが敷いてあるたたみの部屋へ投げ込みました。
そして、上からふとんをかけて
ドアをガラガラとと閉めて、去っていきました。
薄暗い、たたみの部屋。ふとんが積んである、かびくさい部屋。

「何この説教部屋。」

そう思う間もなく、すごい吐き気。
顔を横にむけると、ちゃんと吐くためのトレーが置いてある!
一応、少し吐いてみましたが、絶食してたので出るはずもなく。
なぜか泣き叫びながら、空えづきを繰り返していました。

せん妄状態だったみたいです。

「○○ちゃーん!○○ちゃーん!」

わたしは夫の名前を大声で叫び、泣きわめいていました。
なんていうか、喪失感っていうか、寒かったです。

で、そんな状態なのに、もうひとりの冷静な自分が居て
「みっともないなぁ。ええ歳して泣き叫んだりして。」
「でもやっぱり、こういうとき叫ぶのは彼の名前やねんなぁ。」
「いつになったら落ち着くんやろ。」
と、冷静に、せん妄状態の自分を観察しているのでした。

でも、いつしか、また、意識を失いました。
いや、夢とうつつの間のような・・・
でも、日曜日の朝のまどろみのような気持ちのいいものではなく
どこまでも不愉快で、ちょっと悪夢っぽい感じでした。

30分経ったら、ばあさん看護師が現れました。
ぼんやりした頭で、術後の説明を聞きました。
タンポンを絶対取ること。薬を忘れず飲むこと。
それから、ぼんやりした頭でトイレに行きました。
血が・・・・意外と出てないなと思いました。

終わったらさっさと帰りました。
夫に電話したら「今から出る」

看護師は待ち合いで待てばいいと言ってくれましたが
待つのはいやでした。
おなかの大きい人がいるらしいのを聞いて、さらにつらくなり
飛び出すように、医院を出ました。

「もう二度とこの医院には来るまい。」

そう思いました。

ふらふらと歩きました。
しんどかったですが歩きました。
しんどかったのに歩道橋をわたって

ファミレスに入って彼を待つことにしました。

ホットケーキを頼んでみましたが
食べるのがかなり苦痛でした。
しばらくしたら夫が来て、彼もデザートを食べて
それから、保育園へ息子を迎えに行きました。

家に帰ってから、夫は、「ゆっくり寝てろ」と言い残し
息子を連れて会社に戻りました。

わたしは、自分のパジャマに着替え、自分のベッドで
ゆっくり休みました。

起きて少ししたら、ふたりが夕食を買って帰ってきていました。
3人で食事しました。これは普通に食べられました。

息子のお風呂は夫が入れてくれました。
寝かしつけも夫がしてくれました。

「俺はいたほうがいい?」と彼が聞いてくれました。
でも、仕事が気になるので「行ってくれたらいいよ。」
と答えました。
夫は「つらかったら電話してこい。」と言って
仕事に向かいました。

たしか、夫が帰ってくるのを待てずに寝たと思います。
麻酔があまり抜けていなくて
朝おきるまで、すっきりしなかった記憶があります。

堕胎体験記は、ここまでです。
一生忘れられない、そして、もう2度としたくない、体験です。



堕胎しました。
3月に堕胎しました。

理由は、着床したであろう時に
ステロイドをかなり大量に使ったからです。

医者は、おろしたほうがいいなんて言いませんでしたが

もし何かある赤ちゃんが産まれたら、と思うとこわくて
っていうかその子に申し訳なくて

堕胎しました。

やりたくてやったわけではありません。

この歳になって、やるとは思いませんでした。

とてもいやな気持ちになりました。

今でも少し苦しいです。

でも、彼女(娘だったと思っています)への供養のために
ここにあえて、体験記を上げようと思います。

明日、体験記を書きます。

ごぶさたしています
なんだかんだで長い事更新していませんでした。

一応、元気です。
みんな仲良く元気にしています。

このGWは、ぼうずが肺炎になってしまい
何も楽しめないままに終わってしまいました。

がっかりです。

今は回復しつつあります。

これからは、もう少し頻繁に更新しようと思います。



ごぶさたです
忙しい日々を過ごしています。
家事育児仕事の鼎立の難しさを実感しています。

ぼうずは育てやすい子で、そのぶんしんどくはありませんが
それでも育児は育児だし、家事は普通にあるし、仕事はハードです。

仕事も、だいぶ、責任を持たされるようになりました。
修理代金の不払い訴訟を起こすことになりました。
今、いろいろ勉強しています。

身体は弱くなり、しょっちゅう熱が出るようになりました。
それでも、なんとかしのいで、がんばろうと思います。





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